虚血性大腸炎 KIM

概要

虚血性大腸炎は、主に左側の結腸(下行結腸、S状結腸)に発生する。

左側結腸を栄養する血管は、下腸間膜動脈の分枝である左結腸動脈の末梢分枝であるが、虚血性大腸炎はこの血管の閉塞あるいは狭窄によって腸管の血流が低下し、腸管粘膜に虚血とそれに起因する諸変化を来して症状を起こす病態である。

基本は虚血に続いて粘膜面に炎症が惹起され、強い腹痛、下痢、最終的に鮮血便を伴っている疾患であり、また臨床的にはこれらが主訴になる。

重症度の見積もりかた

腸管の虚血による粘膜障害の程度や深さによってー一過性型・狭窄型・壊死型と重症度に応じて分けられるとされているが、このように分類することは日常の臨床にはさして有用ではない。

実際にはこれらはあくまでフェーズの名称であり本来は連続しているのであって、虚血量の勾配によって症状や重症度が変わっていると捉えると良い。

従前の教科書では、動脈硬化が発症の基礎として重要であり、高齢、糖尿病・脂質異常症・高血圧症などの欠陥イベントリスクが本症の発症に多く関与するとされてきた。

しかし現在の現場感としては、軽症/一過性の病型をとる例が非常に多い。

狭窄型というワードは実はあまり実用的ではなく、正確には、ひどい虚血性大腸炎の後遺症として腸管が狭窄したという様相をいったものと理解するのが良いだろう。

虚血性大腸炎の臨床的な重症度は、粘膜虚血に至るまでのスピードや惹起された炎症の総量、形成された粘膜病変の範囲や深さ、出血量などが規定するので、つまりは重症であればあるほど救急診療あるいは専門診療を受診されやすい。

よってこの時のマネジメントについては、(内視鏡、止血、絶食・輸液、入院安静の流れとなり)一本道である。

むしろ迷うのは、腹痛や下血の原因が不明瞭なまま初療をせざるを得ないような時であったり、「腹痛と鮮血便がひどいので入院」などとシンプルなプランを立てづらかったりするときであろう。

動脈硬化の危険因子がある患者、高齢者、女性、便秘の患者、などが虚血性大腸炎の発症リスクとされるが、推論の段階ではこれを参考にしすぎないようにする。

なぜなら、動脈硬化の危険因子がない者、若年、男性、日頃の便秘がない者でも本症を生じうるからである。

ただし病歴や腹痛部位などの情報は、診断に非常に参考になる。

病態生理

左側の結腸に多いことは冒頭で述べたが、この事実は症候学的に非常に重要である。

左結腸を栄養する下腸間膜動脈の動脈径は、上腸間膜動脈と比べると半分あるいは1/3ほどしかない。また、下腸間膜動脈は末梢での吻合枝も少なめであり、総じて左結腸はもともと血流が少ない腸管である。

また左結腸は、貯留した便の圧迫などによる物理的影響を受けやすい。

腸管内容物は肛門に近づくにつれ(腸で吸収され)水分を失い固形化していく。しかしこれが許容できる量よりも便が多くなると、少なからず腸管粘膜面は物理的圧迫を受ける。

粘膜の血管が強くあるいは長く圧迫されると、当然ながら血流は低下し、やがてその血管で栄養されている腸管の粘膜は虚血に陥る。

以上は虚血性大腸炎が左側に多いという理由だが、これはそのまま虚血性大腸炎の病態整理の説明になっている。

私見になるが、軽症の虚血性大腸炎と「結腸蠕動痛」との違いは、病態の強さの量的な差であると思う。すなわち紙一重ともいえる。

結腸が何らかの理由で機能が相対的に低下している状態が続くと、結腸内の便の滞在時間が長くなる。そこで、結腸が宿便を何とか排出しようと蠕動を亢進させた時、蠕動痛が生じる。

機能が低下している結腸が蠕動を頑張ろうとしている構図になっているのに滑らかに蠕動運動をさせる事ができない、というイメージを想像してほしい。

この蠕動は、「自然蠕動」よりもキツく蠕動するイメージ(雑巾を絞るような)である。無理に蠕動を起こして便を排出させようとすれば、その時に生じる痛みが問題になる事があるのである。

これを結腸蠕動痛と呼んでいるのだが、程度がひどくなると虚血性大腸炎が成立する。

結腸蠕動痛と虚血性大腸炎の関係性を示したものである。

先に述べた「自然な蠕動よりもキツい、無理に雑巾で絞ったような蠕動」というのが図中の「無効な蠕動」に相当する。

つまり結腸蠕動痛は、無効な蠕動が発動はしているけれども、腸管に向かう血流は保たれているため腸管粘膜の虚血にまだ至っていないというフェーズだという事である。

動脈硬化リスクの背景が乏しい人が虚血性大腸炎になることについて考える。比較的若年者の虚血性大腸炎では、ベースの腸管の血流は保たれている。しかし、腸管の血流が相対的に下がる背景があって、かつ無効な蠕動の強度が高まるということが起きると、虚血が成立する。

つまり、近年は動脈硬化や加齢以外のことで、腸管の血流が下がっている状態が作られている人に多く発症している。

腸管機能の低下あるいは宿便が生じやすい背景は次に示す通りである。

・相対的な加齢 ・相対的な冷え ・相対的な運動量低下 ・整形外科疾患(脊柱管狭窄など)

・手術後(脊柱管狭窄や婦人科手術) ・脂質の多い食事習慣 ・便秘を起こす薬剤

まとめると虚血性大腸炎はその人自身の腸管の血流が低下するそれぞれの理由があって、加えて、「無効な」蠕動が必要以上に強くかかって生じるのだと思われる。

疑い方

病歴がきわめて重要である。

間欠的な蠕動痛が数時間先行することが多いが、体感的に比較的突然の左の腹痛で始まることもある。

痛みが強すぎて患者が意識して記憶してないだけだと思うが、多くの例では下腹部正中にも激痛が生じている。担当医が無理に聞き、患者が「左」と答えていることが多い気がする。

痛みはなかなかの強度であることがあり、急激だったり腹痛が弱まらなかったりするので不安になって救急車を呼ぶか救急受診に至る事が多い。

強度の腹痛を、数時間かけて繰り返す(波がある)パターンであることが普通である。

軽症だと、排便に至ってそれで腹痛が改善してしまうこともある。

下痢を生じることもあるが、通常は後になって比較的鮮やかな血便を排出する。初めから下血しないことがポイントである。

強度の「左腹痛+下腹部正中の腹痛」が先行し、後から鮮血便が出る。このことをしっかり押さえる。

ちなみに憩室出血は、無痛のままはじめから下血する。とかく臨床では「下血した」ということがクローズアップされてしまうために、「虚血性大腸炎と憩室出血の鑑別」などという構図になったりするが、両者の違いは病歴上明白であり本来は互いに鑑別対象の上りようもない。

血液検査では、虚血に起因する炎症の程度や範囲に応じてCRPが上昇する。

多くの軽症例、一過性型の病型では、およそ粘膜面の虚血・炎症に留まるため、CRPの上昇は穏やかにみえる。

痛みの極大を探るー関連痛と体勢痛

次に腹痛の局在について深く考えてみる。

虚血性大腸炎は、虫垂炎や憩室炎のように、狭い局所内で深く浸潤(炎症が「浅→深」へ進展していく)ような病態進展形式ではなく、ある程度長いセグメントの領域(下行結腸」とか「S状結腸」のように)にざっくり影響が出てくる疾患である。

よって本症では、内臓痛がいきなり生じているものと思われ、その疼痛領域が腹部左だということだと思われる。

また虚血性大腸炎は、炎症が「浅→深」へ進展し壁側腹膜へ波及する、という病態ではないため、虫垂炎のように「内臓痛→体性痛」のような二相性の経過を取らない(つまり体性痛を生じない)

ただし虚血性大腸炎には関連痛をしばしば伴い、強度でもある。

結論から先に言うと、下腸間膜動脈領域の結腸の虚血性大腸炎の関連痛の部位は「下腹部正中」である。

第1〜2腰髄からは腰内臓神経が形成され、下腸間膜動脈起始部で下腸間膜神経節を形成。ここでシナプスを乗り換え、それぞれの動脈と伴走・分枝を繰り返し腸管に到達する。

左結腸にある侵害受容器が刺激されると、シグナルが交感神経の末端に伝わる。左結腸を支配する神経は、左結腸の栄養血管である下腸間膜動脈に沿っているため求心性のシグナルはやがて下腸間膜動脈起始部の下腸間膜神経節に達し、ここでシナプスを乗り換える。

そして小内臓神経を上行し、神経節で白色交通枝を経由し脊髄後根から後角に入り、ここで再びシナプスを乗り換え対側の脊髄視床路を上行して脳に至る(痛みを感じる)。

第一腰髄が主に刺激されるので、このレベルのデルマトームである「臍よりもずっと下、恥骨寄りの下腹部」に関連痛を自覚することになる。

消化管は胎生期に正中の1本の管として発生し、両側の神経から等しく支配される原則があるため、「左側」のような側性はなく正中に関連痛を生じる。

以上より、虚血性大腸炎の関連痛の部位は「下腹部正中」であることが多いのである。

まとめると、左側の波のある腹痛に乗じて強い下腹部正中の持続痛を伴い、痛みで苦しがっているうちに排便があってやや緩い(基本的には「お腹を下す」の非常に強度のバージョンと思えば良い)。そして腹痛と排便を繰り返すうち、やがてそこに血便が混じってくる。

これを病歴で拾えれば、軽症・重症によらず虚血性大腸炎を精度高く推測できる。

経過と治療

経過

潰瘍病変が主徴になるわけではないので、腸管病変は深掘れとはならず、大出血が怖いという疾患では通常ない。

きちんと患者をみる。意識状態(応答のよさ)、立ちくらみの有無、バイタルサイン、貧血の程度などによって重症度を推し量り、無用な入院を避ける選択肢も十分提示できるようにしたい。

下血イコール入院、ではないと心得ておく。経過の中で排便が良好にみえ、また患者の状態が良いなら、入院しなくてよく経過も良好であることが予想される。

ERや救急車搬送例などで、受診時点で初療中にもまだまだ痛みで苦しがっている場合には、除痛あるいは止血のため、絶食・腸管安静目的に入院が必要となるだろうと思われる。

患者の様子(かなりひどい・軽そう)が、診療セッティングによって差があるのが本症の特徴かもしれない。

入院すれば消化器医が診療することになることになるし、外来なら一般内科医がフォローすることもできる(くらいに経過は悪くないことが多い)

待機的に大腸内視鏡を実施しておくことが多い。

治療

除痛は鎮痛薬で行う。

病態からして、大腸刺激性の下剤は禁忌であると私は理解している。

疼痛が強度(入院)の場合は、ペンタゾシンのような中枢性鎮痛薬使用や、慎重にNSAIDを使用することも辞さない。

排便が進めば痛みは緩和するので、使用は最低限にできる。

強い痛みで、少しでも緩和したい場合は、芍薬甘草湯うや桂枝加芍薬湯が良い。

外来例などで、診断し1週間後にフォローするといったような場合は、桂枝加芍薬湯が良いと思われる。定時処方で良い。

初回処方で、便秘薬を出すことはない。

虚血性大腸炎の発症のリスクに便秘があるとはいえ、発症した後の治療薬や対症療法薬が便秘薬になるわけではない。曲解している医師が多くみられる。

フォロー

まずは強度の腹痛に悩まされずに、安堵を得ることが最初の治療目標である。

治療した後に振り返り、やはり便秘が重要な背景だった腸に思えた場合には便秘薬を使うこともある。

例えば「桂枝加芍薬大黄湯とモサプリド」などを適宜使用し、蠕動による痛みにケアしつつ便通を改善させる。

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Dr.こうじろう
1992年生まれ、関西出身。幼少期の喘息経験から医療に興味を持ち、地元大学の医学部を卒業後、研修医を経て総合診療医として地域医療に貢献。医療と介護の連携を重要視し、経済やマネジメントの知識も学びつつ、「最適化された医療を提供する」ことをモットーに従事する。趣味は筋トレ、テニス、ウイスキー収集。医療に関するニュースや日々の診療ですぐに実践できる知識を発信するブログ。