はじめに
「医師の働き方改革」という言葉を聞くと、労働環境の改善や労働時間の短縮が進むイメージを持つ人が多いかもしれない。だが、その実態は理想とはほど遠い。厚生労働省が掲げる医師の労働時間短縮の施策「宿日直許可」制度が、全国の医療現場でどのように運用され、実際にはどんな課題を抱えているのかを掘り下げてみたい。
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宿日直許可の増加とその背景
厚生労働省が発表したデータによれば、医師の労働時間を算定から外す「宿日直許可」の件数は、2020年の144件から2023年には5173件へと急増している。全国医師ユニオン代表の植山直人氏も「約8000の病院のうち、約5000でこの許可が下りているのは異常だ」と指摘しており、本来許可が下りるべきではない病院にも適用されているのではないかという疑念がある。
こうした制度が急激に拡大した背景には、過労問題に対する表面的な解決策が求められたこと、そして医療機関が地域医療に応えるために「救急指定」を受け入れる一方で労働基準法の適用外である「宿日直許可」を活用し、事実上の過重労働が見逃されている現状がある。これは単に制度の問題だけでなく、医療現場の厳しい実情が制度を歪ませていることを意味する。
宿日直許可と救急医療の矛盾
本来の「宿日直許可」は、夜間や休日に救急対応がない状態、つまり患者からの急な呼び出しがほぼないことを前提としている。ところが、実際には救急指定を受けている病院や救急車を受け入れる医療機関にも「宿日直許可」が適用されるケースが増加している。
「救急車を断ってはいけない」というプレッシャーが、経営方針として医師に押し付けられる現場も少なくない。結果として、医師は夜間も対応を求められることが常態化し、実際の労働時間が大幅に超過しても「宿日直許可」によって“働いていない”ことにされ、手当が支払われないケースもある。医師がこの制度の抜け道として利用され、患者の安全や医療の質の低下に繋がっている。
自己研鑽と労働時間のすり替え
労働基準監督署が、医師の救急対応や勉強時間を「自己研鑽」として労働時間から外している点も大きな問題だ。研修医が基本的な治療法や標準的な診療を学ぶ時間は「自己研鑽」として扱うべきではなく、業務の一環として労働時間に含めるべきだと考えられる。研鑽とは本来、学問を深めるためのものであり、基礎的な業務知識の習得とは異なる。
こうした解釈の拡大によって、医師の労働時間は「削減された」ように見えても、実際には学習や業務が詰め込まれ、長時間労働の温床が残されている。この「見せかけの短縮」によって、医師の健康を守るどころか過労状態を見逃す結果に繋がっている。
そもそも、誰のための働き方改革なのか
最も見逃してはならない視点は、過労状態の医師が患者の命に関わる判断や処置を行うことが、どれほど危険であるかということだ。医師の労働環境を改善することは、医師の健康を守るだけでなく、医療の安全性を確保するために必要不可欠なこと。欧米では、医師の労働時間規制が患者の安全の観点から導入されているが、日本の制度は医療機関の管理者や自治体の視点が優先され、医師と患者の安全に十分な配慮がされていないのが現状だ。
また、労働時間の短縮だけではなく、医師の業務内容や患者の受診行動の改革も併せて進める必要がある。バスの路線が運転手不足で減らされるのと同様に、医療も無理なサービス提供を見直す必要がある。しかし、その当たり前の共通理解が医療においては意図的に見逃されている。
終わりに
医師の働き方改革は、医師の健康と労働環境を守るだけでなく、患者の命と医療の質を守るための施策であるべきだ。そのためには、労働環境の改善が表面的な施策で終わらないよう、医療現場の実態を反映した改革が必要だろう。
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